岡山地方裁判所 平成8年(ワ)577号 判決 1997年11月25日
原告
大磯勝子
被告
小野幹夫
ほか一名
主文
一 被告らは原告に対し、連帯して金一三六万一六八一円及びこれに対する平成五年七月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決の第一項は仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは原告に対し、連帯して金二二六四万三二三〇円及びこれに対する平成五年七月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 交通事故の発生と原告の受傷
原告は、次の交通事故(以下「本件事故」という。)により受傷した。
(一) 日時 平成五年七月二三日午後一時五七分頃
(二) 場所 岡山市南中央町一二番二二号先路上
(三) 加害車両 普通乗用自動車(岡山五九ゆ四一一八)
右運転者 被告小野幹夫(以下「被告小野」という。)
(四) 被害者 原告
(五) 事故態様 被告小野は、加害車両の運転操作ミス(ブレーキとアクセルの踏み間違え)により同車を暴走させ、歩行中の原告の腹部、背中等に自車前部を激突させて四、五メートルはね飛ばし転倒させた。
(六) 受傷内容 右第五中手骨基部骨折、反射性交感神経性骨萎縮、前胸部・下顎部挫創、頭部打撲
2 責任
被告小野は加害車両を保有し、本件事故時、同車両を自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づく責任がある。また、同車両は、本件事故当時被告明治生命保険相互会社(以下「被告明治生命」という。)の業務用にも使用され、本件事故は、被告明治生命の被用者である被告小野がその業務中に惹起したものであるから、被告明治生命も同条に基づく責任がある。
3 治療経過
原告は、本件事故での受傷による治療のため総合病院岡山市立市民病院に次のとおり入通院した。
(一) 入院
本件事故日である平成五年七月二三日から同年八月一九日まで二八日間
(二) 通院
平成五年八月二〇日から平成六年七月二七日まで(実日数一一一日)
4 後遺障害
原告は、前記治療の結果、平成六年七月二七日症状固定となり、反射性交感神経性骨萎縮により右手関節・右手指関節の可動域制限、右上肢の痛み・しびれ・血行障害、右耳高音障害、右偏頭痛、右半身の痛みが残り、これらの後遺障害につき自賠責保険後遺障害等級第一二級の認定を受けた。
5 損害
(一) 入院雑費 三万六四〇〇円(一日一三〇〇円、二八日)
(二) 通院交通費 二万四九二〇円
(三) 休業損害 五九五万五七八〇円
(1) 本件事故当時、原告は被告明治生命の外交員として岡山支社岡山西営業所支部長として稼働していたものであるが、本件事故により平成五年七月二三日から症状固定日である平成六年七月二七日までの三七〇日間休業を余儀なくされた。
(2) 本件事故前一年間の原告の収入は、七八三万三七二八円であった。原告が保険外交員としての業務を行う上で要した経費は、収入のおよそ四分の一であった。
(3) したがって、原告の被った休業損害は五九五万五七八〇円である。
(四) 後遺障害逸失利益 二一〇五万〇四五一円
(1) 症状固定(平成六年七月二七日)から退職(平成七年三月七日)まで
原告(昭和一八年三月一日生)は、本件事故当時保険外交員として岡山市西古松周辺を中心に主として自転車に乗って顧客先等を訪問するなどの業務に従事していたものであるが、本件事故による後遺障害、特に反射性交感神経性骨萎縮が原因で右手関節・右手指関節の可動域について制限を受け、その結果、右手を上にあげることができなかったために荷物を持つことができず、また、右手に力を入れることも著しく困難であったため自転車のブレーキを握ることができず、平成七年一月に医師の指示で試験出勤した一日だけを除き、その余は全日休業を余儀なくされた。原告は、これ以上勤務先に迷惑をかけることを慮り、平成七年三月七日付で勤務先の被告明治生命を退職した。右の間、原告は被告明治生命から合計一八九万四一〇一円の給与を受けたにすぎない。本件事故前一年間の原告の収入(七八三万三七二八円)を基準にして原告の減収実額を算定すると、一六九万五四六三円となる。
(2) 退職(平成七年三月七日)から六七歳まで
原告は、退職時五二歳であるから就労可能年数は一五年である。原告の勤務先である被告明治生命の保険外交員の定年は六〇歳であるが、同被告に限らず、生命保険業界にあっては、一般に、健康でさえあれば、定年退職後も六五歳から七〇歳くらいまで嘱託社員として稼働する者が多く、しかもその給与は、保険外交員の業務内容からして退職時の収入と同程度で、減額になることはない。原告は、退職時、本件事故による後遺障害以外に障害はなく、健康体であったし、少なくとも就労可能年数は保険外交員として稼働の予定であった。したがって、逸失利益算定に当たっては、本件事故前一年間の収入額七八三万三七二八円を基礎収入とするのが妥当である。原告の後遺障害による労働能力喪失の割合は、三〇パーセントを下回ることはない。そうすると、退職後の原告の逸失利益は一九三五万四九八八円となる。
(五) 入通院慰謝料 一六〇万円
(六) 後遺障害慰謝料 二四〇万円
原告は、本件事故による後遺障害のため失職のやむなきに至り、また、家庭にあっても炊事洗濯を始めとする主婦業を十分できなくなり、主だった家事の大半を夫に託さざるを得ない状況にある。これらの諸事情を勘案すると、後遺障害慰謝料としては二四〇万円を下らない。
(七) 損害の填補
前記(一)ないし(六)の損害合計は三一〇六万七五五一円となるところ、原告は次のとおり損害の填補を受けたから、これを控除した残額は二〇六四万三二三〇円となる。
(1) 被告明治生命から休業補償として一〇六万六八三九円
(2) 岡山労働基準監督署から休業補償給付金として四六〇万六一一〇円、障害補償給付金として一八二万五一二四円の合計六四三万一二三四円
(3) 自賠責保険として合計二九二万六二四八円
合計 一〇四二万四三二一円
(八) 弁護士費用 二〇〇万円
(九) 合計 二二六四万三二三〇円
6 よって、原告は被告らに対し、連帯して金二二六四万三二三〇円及びこれに対する本件事故の日である平成五年七月二三日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
(被告小野)
1 請求原因1の(一)ないし(四)の事実は認める。(五)のうち、被告小野の運転ミス(ブレーキとアクセルの踏み間違え)により歩行中の原告の腹部に加害車両を当てたことは認めるが、その余は否認する。(六)は不知。
2 同2の事実は認める。
3 同3の事実は不知。
4 同4の事実は不知。
5 同5のうち(八)は不知、その余は争う。
(被告明治生命)
1 請求原因1のうち(五)及び(六)は不知、その余の事実は認める。
2 同2のうち、被告小野が加害車両を保有し、本件事故当時同車両を自己のために運行の用に供していたこと、本件事故は被告明治生命の被用者である被告小野がその業務中に惹起したものであることは認めるが、その余は争う。
3 同3のうち、原告が本件事故での受傷による治療のため総合病院岡山市立市民病院に入通院したことは認めるが、入通院期間は不知。
4 同4のうち、原告が本件事故による受傷について平成六年七月二七日症状固定とされたこと、後遺障害について自賠責保険後遺障害等級第一二級の認定を受けたことは認めるが、後遺障害の具体的な内容は不知。また、実質的な症状固定日は平成六年四月一八日以前というべきである。
5 同5の(一)、(二)は争う。
(三)の(1)のうち、原告が平成六年七月二七日までの三七〇日間休業を余儀なくされたことは争い、その余は認める。原告は遅くとも平成六年二月頃には仕事復帰が可能であった。同(2)のうち、本件事故前一年間の原告の売上(外交員報酬)が七八三万三七二八円であったことは認めるが、その余は否認する。原告の収入における経費率は三七・九パーセントとするのが最も実態に合っている。同(3)は争う。
(四)の(1)のうち、原告が平成七年三月七日付で被告明治生命を退職したこと、本件事故後退職までに原告が同被告から給与を支給されたことは認めるが、右支給額、労働能力喪失期間及び逸失利益の額は否認し、その余の事実は知らない。右期間中に原告が被告明治生命から支給された給与(賞与を含む)は合計二〇六万五七六三円である。同(2)のうち、原告の年齢及び被告明治生命における保険外交員の定年が原告主張のとおりであることは認めるが、その余は否認する。
(五)、(六)は争う。
(七)の(1)のうち、原告が被告明治生命から休業補償の支給を受けたことは認めるが、その金額は否認する。同(2)、(3)は認める。
(八)は争う。
三 被告らの抗弁
1 損害の填補
被告明治生命は、原告に対し休業補償として一〇七万四九六九円、症状固定後退職までの間の給与(実質的には休業補償)として二〇六万五七六三円、傷病見舞金として一万円、障害見舞金として五五万円を支払った。また、原告は、被告小野から損害賠償内金として五〇万円の支払を受けた。これらの支払と原告の自認する労災保険の給付金及び自賠責保険の支払を合わせると、原告の損害填補額は一三五五万八二一四円となる。
2 過失相殺
本件事故は、原告が岩田内科医院の駐車場に停まっている被告小野運転の車両から降りて岩田医師を迎えに行ったところ、同医師が医院から出てきたので、原告が被告小野に車を出すよう手招きをするとともに、同車の助手席に乗るため、少し後退しながら同車の前を横切ろうとして、車道上で発生した事故である。原告としては、被告小野に対して手招きすれば加害車両が発進することを認識し得たにもかかわらず、あえて加害車両の前を横切ろうとしたのであるから、本件事故の発生については原告にも過失がある。したがって、過失相殺により損害額の相当の減額が認められるべきである。
3 好意同乗減額
被告小野は、本件事故当時、被告明治生命岡山支社岡山西営業所の指導員として外交員の同行・支援等を行っていた。原告は、自動車の運転をしないために頻繁に被告小野に同行を頼み、同被告の自動車に同乗させてもらっていた。本件事故も、原告が懇請して被告小野の自動車に乗せてもらい、自分が取扱者になっている保険契約に関して、医院まで診査医を迎えに行った際に発生したものである。本件事故の際、原告は被告小野の自動車から降りて同車を誘導していたものであり、厳密には同車に同乗していたものではないが、原告が同被告に同行・同乗を求めた経緯や、原告において同被告が代車に乗っていて運転に不慣れであることを認識していたことなどに鑑みれば、好意同乗減額の趣旨によって、原告の損害額から相当な減額が認められるべきである。
四 被告らの抗弁に対する認否
1 抗弁1のうち、被告明治生命が原告に休業補償として一〇七万四九六九円を支払ったことは否認する。同被告が支払った休業補償の額は一〇六万六八三九円である。被告明治生命が傷病見舞金として一万円、障害見舞金として五五万円を支払ったことは認めるが、これらは損害の填補ないし損益相殺の対象となる性質のものではない。原告が被告小野から五〇万円の支払を受けたことは認めるが、これは見舞金として受け取ったもので、損害の填補額に算入すべきものではない。
2 同2のうち、本件事故は、原告が被告小野運転の自動車に同乗して岩田内科医院を訪問した際に発生したものであることは認めるが、衝突時に原告が車道上にいたこと及び原告が被告小野の車両を誘導していたことは否認する。本件事故時、原告は路側帯を歩いていたものである。同2の主張は争う。
3 同3のうち、被告小野は、本件事故当時、被告明治生命岡山支社岡山西営業所の指導員として外交員の同行・支援等を行っていたこと、本件事故は、原告が被告小野の自動車に乗せてもらい、自分が取扱者になっている保険契約に関して、医院まで診査医を迎えに行った際に発生したものであることは認めるが、その余の主張は争う。
第三証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一1 請求原因1の(一)ないし(四)の事実は、当事者間に争いがない。
2 同1の(五)のうち、被告小野の運転ミス(ブレーキとアクセルの踏み間違え)により歩行中の原告の腹部に加害車両を当てたことは、原告と被告小野との間では争いがない。成立に争いのない乙第一号証の一、二、第三、第四号証、原告・被告小野各本人尋問の結果によれば、本件事故の態様は、被告小野が加害車両を運転して駐車場から車道に出ようとしていた際に、同被告がアクセルペダルをブレーキペダルと誤って踏み込んだ運転操作ミスにより、その意思に反して同車を加速させたため、同車に同乗するために同車の前方を横切っていた原告に同車前部を衝突させたというものであったことが認められる(さらに詳細は後記七で認定)。
3 弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める甲第二ないし第四号証によれば、同1の(六)の事実を認めることができる。
二 請求原因2の事実は、原告と被告小野との間では争いがない。
原告と被告明治生命との間では、右のうち、被告小野が加害車両を保有し、本件事故当時同車両を自己のために運行の用に供していたこと、本件事故は被告明治生命の被用者である被告小野がその業務中に惹起したものであることは争いがない。右事実と弁論の全趣旨によれば、加害車両は本件事故時被告明治生命の業務用としても使用されていたことが認められ、これらの事実によれば、被告明治生命も加害車両の運行供用者であったものと認められるから、同被告は自賠法三条に基づく責任がある。
三 請求原因3の事実は、前掲甲第四号証及び原告本人尋問の結果によって認めることができる(右のうち、原告が本件事故での受傷による治療のため総合病院岡山市立市民病院に入通院したことは、原告と被告明治生命との間で争いがない。)。成立に争いのない丙第二号証の記載及び証人小浦宏の証言中には、右入通院が実際に行われた期間よりも早い時期にその必要性がなくなっていたのではないかと疑わせるような記載ないし供述部分もあるが、これらの証拠も全体としては、右入通院期間を通じて現実に原告の治療が行われ、その必要も存したことを否定するものとまでは認められないから、右入通院期間が実際の治療に必要な範囲を超えていたものとはいえない。
四 前掲甲第四号証、証人小浦宏の証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、請求原因4の事実を認めることができる(原告が本件事故による受傷について平成六年七月二七日症状固定とされたこと、後遺障害について自賠責保険後遺障害等級第一二級の認定を受けたことは、原告と被告明治生命との間では争いがない。)。証人小浦の証言によれば、小浦宏医師が別の医師に代わって総合病院岡山市立市民病院で原告の診察を始めた平成六年四月一八日以降特に原告の症状が変化していないことがうかがわれるが、同証人の証言によっても、原告の傷害や治療の状況からすれば、事故後一年くらいは、なお治療を続けながら経過を観察する必要があるものと主治医である同医師において判断していたことが認められるから、前記の症状固定日の認定を左右するものではない。
五 損害について
1 入院雑費
前記認定によれば、原告は本件事故により総合病院岡山市立市民病院に二八日間入院して治療を受けたものであり、その間の入院雑費としては一日一三〇〇円を認めるのが相当であるから、入院雑費の総額は三万六四〇〇円となる。
2 通院交通費
原告本人尋問の結果によれば、通院については、歩ける日は歩き、雨等で歩けない日にタクシーを使ったというのであるが、実際に要した費用についての具体的な裏付けがなく、通院交通費を認めるには足りない。
3 休業損害
(一) 原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件事故当時、原告は被告明治生命の外交員として岡山支社岡山西営業所支部長として稼働していたこと、本件事故前一年間の原告の収入は七八三万三七二八円であったことが認められる(右事実は、原告と被告明治生命との間では争いがない。)。成立に争いのない甲第五ないし第七号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認める甲第八ないし第一〇号証及び同尋問の結果によれば、原告はその収入を得るために顧客の接客その他の費用を要すること、原告の収入に占める経費の割合は本件事故前三年間でみると約三八パーセントであることが認められる。そうすると、休業損害算定の基礎となる経費控除後の年収は、四八五万六九一一円となる。
(二) 次に、原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故後、症状固定日である平成六年七月二七日までの間現実には全く勤務しなかったことが認められる。しかし、成立に争いのない丙第三、第四号証、第六号証及び証人小浦宏の証言によれば、原告が総合病院岡山市立市民病院に通院中、原告を診察していた医師は、平成五年一一月下旬頃から原告が仕事に復帰して通常の生活を行うことがリハビリになると判断していたこと、同医師は、原告のその後の治療状況もみて平成六年二月からは休業の必要性はないと判断したこと、原告は反射性交感神経性骨萎縮による関節機能障害が存したが、その頃から症状の変化はほとんどなく、客観的には仕事に復帰することが可能であったことが認められ、症状固定日までの通院治療の状況や原告の仕事の内容等に照らすと、平成六年二月一日以降は、期間の半分程度は出勤して仕事をすることができたものと判断される。右事実によれば、原告は本件事故により、本件事故当日である平成五年七月二三日から平成六年一月三一日までの一九三日間はその全部の休業を余儀なくされ、平成六年二月一日から症状固定日である同年七月二七日までの間はその半分の八九日の休業を余儀なくされたものと認めるのが相当であるから、本件事故と相当因果関係のある休業期間は合計二八二日となる。
(三) そうすると、原告の休業損害は三七五万二四六二円となる。
4 後遺障害逸失利益
(一) 原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は昭和一八年三月生まれであること、平成七年三月七日付で勤務先の被告明治生命を退職したこと、被告明治生命における保険外交員の定年は六〇歳であることが認められる(右事実は、原告と被告明治生命との間では争いがない。)。原告本人尋問の結果によれば、原告は保険の契約、集金、問い合わせへの応対等で顧客を回ることが多く、交通手段として自転車を利用していたところ、症状固定後も自転車のハンドルをバランスよく持てず、右手でブレーキがかけられないため、自転車を利用することができず、会社に迷惑をかけるので依願退職したというのである。しかし、前記認定によれば、原告は症状固定前から仕事に復帰することは可能な状況にあったものとみるべきであり、前記後遺障害の内容及び原告の仕事の内容に照らせば、原告が症状固定後も復職できず(原告本人尋問の結果によれば、原告は症状固定後退職までの間に一日試験的に勤務しただけであることが認められる。)、退職に至ったのは、多分に心因的な要因によるものと考えられ、症状固定時(満五一歳)から定年までの九年間は、前記経費控除後の年収四八五万六九一一円を基礎として労働能力を一四パーセント失ったものと認めるのが相当である。
(二) 次に原告は、定年退職後も、就労可能年数の間は嘱託社員として稼働して退職時と同程度の収入を得ることができた旨主張する。しかし、原告・被告小野各本人尋問の結果に照らしても、右のようなことが被告明治生命において一般的な状況であったとまで認めるには足りず、他にこのことを認めるに足りる証拠はない。そこで、原告の満六〇歳以後の逸失利益としては、六七歳までの間、家事従事者として賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計、女子労働者の六〇歳の平均年収を基礎として、労働能力喪失率一四パーセントとして算定するのが相当であり、平成七年賃金センサスによれば右年収額は二九六万六九〇〇円である。
(三) 以上により、逸失利益の本件事故時の現価をホフマン方式で算定すると、合計六四七万一〇三三円(一が四七五万四七四一円、二が一七一万六二九二円)となる。
5 入通院慰謝料
前記認定の原告の傷害の内容、程度及び入通院期間に照らせば、入通院慰謝料としては一五〇万円が相当である。
6 後遺障害慰謝料
前記認定の原告の後遺障害の内容、程度に照らすと、後遺障害慰謝料としては二四〇万円が相当である。
7 合計
以上の損害合計は一四一五万九八九五円となる。
六 抗弁1(損害の填補)について
1 成立に争いのない丙第七号証の一ないし一二、第九号証の一ないし八、第一〇号証、第一一号証の一、二及び原告本人尋問の結果によれば、被告明治生命は、原告に対し休業補償として一〇七万四九六九円、症状固定後退職までの間の給与(実質的には休業補償)として二〇六万五七六三円を支払ったことが認められ(休業補償の額は一〇六万六八三九円の限度で原告も認めている。)、これらは原告の損害から控除すべきである。
2 被告明治生命が原告に対し傷病見舞金として一万円、障害見舞金として五五万円を支払ったことは、当事者間に争いがない。成立に争いのない甲第一二号証によれば、これらの見舞金は原告の勤務先であった被告明治生命の業務災害関係特別支給規定の定めによって支給されたものであることが認められるところ、右支給規定は、同被告の職員等同規定の適用を受ける者が業務上負傷して身体障害の状態になったりした場合に、同被告が労働者災害補償保険法の定めるところとは別に行う特別給付の内容等を定めたものであり、特別給付金のうち遺族給付金及び障害給付金については、自賠法又は民事法による損害賠償金等の給付を受けたときは、原則としてその損害賠償金等の給付額を控除した金額を支給するものとされているのに対して、障害見舞金についてはこのような調整規定は置かれていないことが認められる。右事実によれば、傷病見舞金はもとより、障害見舞金についても、損害の填補という性質のものではなく、恩恵的な見舞金であるとみるのが相当であり、原告の損害から控除すべき性質のものとはいえない。
3 原告が被告小野から五〇万円の支払を受けたことは、当事者間に争いがない。被告小野本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、右は損害賠償金の内金として支払われたものと認められるから、原告の損害から控除すべきである。
4 以上のほか、原告が、岡山労働基準監督署から休業補償給付金として四六〇万六一一〇円、障害補償給付金として一八二万五一二四円の合計六四三万一二三四円、自賠責保険として合計二九二万六二四八円の支払を受けたことは、原告の自認するところである。したがって、これらを加えた填補額の合計は、一二九九万八二一四円となる。
七 抗弁2(過失相殺)について
本件事故は、原告が被告小野運転の自動車に同乗して岩田内科医院を訪問した際に発生したものであることは、当事者間に争いがない。本件事故の態様は、前記一2認定のとおりであるが、さらに検討すると、前掲乙第一号証の一、二、第三号証、平成八年一〇月九日に本件事故現場付近を撮影した写真であることに争いのない甲第一一号証及び被告小野本人尋問の結果によれば、岩田医師を迎えに行く原告を同乗して岩田内科医院付近に到着した被告小野運転の加害車両は、いったん東西に走る車道から後退で車道南側の同医院建物の西側にある駐車場に入って駐車したこと、原告は助手席から降りて同医院へ岩田医師を迎えに行ったが、数分後戻ってきて車道上から被告小野に手招きで合図をしたこと、そこで、被告小野は加害車両を駐車場前の車道(片側各一車線で、車線の幅員は岩田内科医院側が三・六メートル、反対側が三・八メートル、両車線の外側に幅員各一・八メートルの路側帯がある。)に出して右折し、岩田内科医院の向かい側辺りに停車しようとして、アクセルペダルに足をかけ、サイドブレーキを左手で緩めながら加害車両をゆっくり発進させようとしたところ、オートマチック車でクーラーをかけていたこともあって、思ったより車両が前に出てしまい、折から助手席に乗ろうとして車道上で加害車両の前方を横切ろうとしていた(そのことは被告小野も認識していた。)原告の腹部付近に加害車両前部を接触させたこと、被告小野は危険を感じて加害車両を停止しようとして、ブレーキペダルと間違ってアクセルペダルを踏み込んだため、加害車両は加速して再びその前部が原告の身体に衝突して、原告をはね飛ばし、路上に転倒させたこと、加害車両は、被告小野が自分の車両を修理に出していたために使用していた代車であったこと、以上の事実が認められる。前掲乙第四号証の記載及び原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は、前掲乙第三号証及び被告小野本人尋問の結果と対比して、記憶の正確性や事故状況の自然さなどの点から採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
右認定によれば、本件事故は、オートマチック車である加害車両を発進させる際の操作ミス及びアクセルペダルをブレーキペダルと誤って踏み込んだ運転ミスという被告小野の重大な過失によって生じたものである。被害者である原告の側にも、発進しようとしている自動車の前方の車道上を横切ろうとするという危険な行為をした点で落ち度がないとはいえないが、前記認定の具体的な事故状況の下では、被告小野の過失と対比すれば、その程度ははるかに小さく、これを斟酌しなければ公平の原理に反するというほどのものではないと解されるので、損害額の算定に当たり原告の過失は斟酌しないこととする。
八 抗弁3(好意同乗減額)について
抗弁3のうち、被告小野が本件事故当時、被告明治生命岡山支社岡山西営業所の指導員として外交員の同行・支援等を行っていたこと、本件事故は、原告が被告小野の自動車に乗せてもらい、自分が取扱者になっている保険契約に関して、医院まで診査医を迎えに行った際に発生したものであることは、当事者間に争いがない。右事実によれば、被告小野が加害車両に原告を同乗させて本件事故現場に赴いたのは、被告小野の職務の一環として行われたものと評価できるものであり、単なる好意で同乗させたものともいえないし、被告小野が乗り慣れていない代車を使用していることを原告が認識していたからといって、ただちに斟酌すべき事情ともいえない。原告が被告小野運転の車両に同乗して本件事故現場に赴いた際に本件事故が発生したことをもって、いわゆる好意同乗の趣旨によって原告の損害額を減額しなければならないものとは認められない。
九 弁護士費用について
前記五認定の損害合計一四一五万九八九五円から前記六認定の填補額合計一二九九万八二一四円を控除すると、残額は一一六万一六八一円となるところ、右認容額、本件事案の内容、訴訟の経過等に鑑みると、原告が被告らに請求できる弁護士費用の額は、二〇万円が相当である。
一〇 よって、原告の請求は、被告らに対し、連帯して金一三六万一六八一円及びこれに対する本件事故の日である平成五年七月二三日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右限度で認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 小松一雄)